シュレディンガーの狸

このブログがなぜ"シュレディンガーの狸"と名付けられたのか、それは誰も知らない。

老女医の奇妙な妄想殺人 最終話 ~AIに愛は存在しない(対話編)~

【波留子との対話】

狸太郎 おい、波留子、お前のおかげで俺は愛する息子と、もう一人、どうでもいい婆さんを殺してしまったんだぞ。教えてくれ、お前はいったい何がしたかったんだ。

波留子 実験よ。あなたたちも実験するでしょ、例えばマウスを使って。あなたたちはいったい何匹のマウスを殺してきたのかしら。この実験で犠牲になったのは地球人三匹だけよ。E.T.にとってマウスの命も地球人の命も同じ価値なの。ちなみにE.T.は Extra-Terrestrialの略、地球外生命体のこと。そしてわたしはE.T.が製造し、地球に送り込んだ地球人女形ロボットよ。もちろんAI搭載よ。ちなみにAIはアイじゃなくて、エーアイ、つまり人工知能のことだから。

狸太郎 お前は息子を利用しただけなのか。息子を少しも愛してなかったのか。息子はお前のことを心の底から愛していたんだぞ。

波留子 ちょっと、あなた人の話、聞いてなかったの。わたしはAI搭載のアンドロイド、だからわたしに心は無いの。心の無いわたしに人を愛することなんてできるわけない。でもわたしには心の代わりにAIがある。愛することはできないけど、愛している振りをすることはできる、完璧にね。わたしには感情はないけど、仕草で喜怒哀楽を表現することを徹底的に学習したわ。だからあなたの息子さんも愛されていると信じた。それでいいじゃない。大事なのは愛じゃなく、愛情表現だわ。でも馬鹿よね、あなたの息子さん。愛のために見ず知らずの人を殺すなんて。

狸太郎 波留子、死ね!

波留子 ちょっと待って。まだ話は終わってないの。なぜ鰐冨美子殺害計画が失敗したか知りたいでしょ。本来なら冨美子があなたの息子さんを殺そうとして毒を盛る。そのグラスを入れ替えるのが、わたしの役目だったの。

狸太郎 どうやって二人の目の前でグラスを入れ替えることができる。

波留子 わたしにはそれができるの。あなたたちは知らないでしょうけど、時間というのは頻繁に止まるの。だいたい一分間に一度ぐらいの頻度かな。で一度、止まった時間は最低でも五分間は動き出さないの、わたしの経験では。だから時間が止まっている間に、わたしが二つのグラスを入れ替える予定だったの。そう、わたしは時間が止まっている間も動くことができるの。わたしを構成するすべての部品の素材はSTだから。STについては第一話を読んでね。ところが二分と経たないうちに、突然、時間が動き出したの。ちょうど二人のグラスを入れ替えようとして、ふたつのグラスを持ち上げた瞬間だった。それは驚くわよね、突然わたしが目の前に現れたんだから。

狸太郎 実験の目的は何だ。

波留子 地球人をSTが操作することの可能性を実証することよ。ハプニングはあったけど実験は概ね成功と言えるわ。愛を利用すれば、地球人を思い通りに動かすことができた。愛のないAIには、どういうメカニズムか理解できないけど、愛は時として憎しみに変わることは知っている。わたしは愛の力で地球人を操り、若禿山教授を殺させ、愛が憎しみに転化したとき、その力であなたの息子を殺させようとした。もし、この実験が予定通りに進んでいれば、あなたの息子は命を落とすことはなかった。でも、あなたも馬鹿よね。もっともあなたが馬鹿だからあなたの息子がわたしの恋人役に選ばれたんだけど。あなたは息子を愛するがゆえに、彼を殺し、そして冨美子を殺した。地球人て、ホント、馬鹿よね。

狸太郎 言いたいことはそれだけか。

波留子 まだあるの。E.T.は伊達や酔狂でこんな実験をしたわけじゃないの。地球人が愛する対象は人とは限らないでしょう。例えば国、地球人には愛国心てものがあるらしい。日常で人が人を殺すなんて、ほとんどあり得ない話よね。でも愛があれば殺すのよね。でね、今度はもう少し、ハードルを下げて地球人に大規模な殺し合いをしてもらいたいの。そのために地球人の愛国心を煽る計画がすでに立案されているの。そう、人類滅亡の第三次世界大戦がもうすぐ始まるのよ。わたしがやったのは、この計画がうまく行くかどうかを確かめるための実験だったのよ。E.T.は自分の手でゴキブリを殺すの、嫌みたい。

狸太郎 だから、地球人どうしを闘わせて、漁夫の利を得ようという算段か。つまり最終目的は地球侵略。そんな計画、うまくいくはずはない。

波留子 それはどうかしら。あ、言い忘れたけど二人の死体、あたしが誰にも見つからないように処理しておいたから。だから警察に自首したって無駄よ。それからあなたにはサプライズなプレゼントを用意しておいたわ。さて、あなたを苦しめたお詫びにわたしを殺させてあげるけど、あなたの猟銃から発射された銃弾がわたしの体に触れた瞬間、わたしの体は分子レベルまで分解される仕組みになっているから。ま、一種の証拠隠滅ね。E.T.て用意周到なの。それではお元気で。

狸太郎 死ね!

「以上で波留子との対話は終わりました。私は波留子に銃弾を撃ち込みましたが、彼女の言う通り、銃声と共に波留子は消えました。」ところで出雲刑事と狸が熱演した再現ドラマであったが、伊丹刑事は途中から寝ていた。台本読みに集中していた出雲は今、そのことに気が付き、台本で思いっきり伊丹の頭をどついた。「起きてください、伊丹さん。」伊丹は涎を拭きながら言った。「この件は警部殿に任せよう。」

【杉下警部との対話】

杉下 はじめまして、杉下と申します。ひとつお伺いしたいのですが、息子さんは、なぜ自分で日記を書かずに、あなたに依頼したのでしょう。自分で書いたなら、あなたを巻き込むことはなかったのに。

狸太郎 そのことですか。実は、あいつは文章を書くのが大の苦手で、あいつの作文は何がいいたいのか、さっぱりわからんのです。ま、自分の文章が他人に理解不可能な代物であることを自覚しているだけ、マシです。あいつの日本語能力の欠如は母親譲りですが、この母親というのが、その自覚すらなかったんですから。

杉下 奥さんとは離婚なさった?

狸太郎 ええ、妊娠したというので、仕方なく結婚したんですが、まったく最低の女でした。平気で嘘はつく、間違っても謝らない、自己愛が強く他人を見下す、あんな女に育てられたら、子供がかわいそうです。そういうわけで、息子は私が引き取りました。息子には母親は死んだと言ってあります。

杉下 ところで鰐冨美子の本名をご存知ですか?

狸太郎 え、本名じゃないんですか。そうですか。いえ、知りません。

杉下 青木君に調べてもらったところ、本名は●●●●だそうです。

狸太郎 ええ、それって……。

杉下 そうです。あなたの別れた奥さんですよ。

狸太郎 何という運命のいたずらだ。俺は息子だけでなく、その母親までも手にかけたのか。

杉下 いえ、ご心配なく。元奥さんはご健在ですよ。ほら、これをご覧なさい。今日もブログを更新されてます。しかも大変立派な文章です。

狸太郎 見せろ。違う、これはあいつが書いたんじゃない。あいつにこんな論理的で整合性のある文章が書けるわけがない。まてよ、ひっとしてこれが波留子の言うサプライズなプレゼントなのか?

杉下 どういうことでしょう?

狸太郎 こういうことだ、いいか、今、存在する鰐冨美子は人間じゃない。E.T.が送り込んだアンドロイドだ! 今すぐ破壊しろ、さもないと第三次世界大戦が起こり、地球は滅亡するぞ!

杉下 まあ、そう興奮なさらずに。おや、ちょうどお迎えが来られました。息子さんに連絡してお迎えをお願いした次第です。

狸太郎 ……ソイヤ?

杉下 今日のところは、お引き取りを。

狸太郎 違う、こいつは俺の息子なんかじゃない。こいつもE.T.が送り込んだアンドロイドだ! 今すぐ破壊しろ、さもないと第三次世界大戦が起こり、地球は滅亡するぞ!

こうして狸は精神病院の閉鎖病棟で余生を送ることになった。すべては狸の妄想だったのか。それとも現在のウクライナ情勢はE.T.が仕掛けた第三次世界大戦勃発の前触れなのか。真相は藪の中である。

THE END

 

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