シュレディンガーの狸

このブログがなぜ"シュレディンガーの狸"と名付けられたのか、それは誰も知らない。

老女医の奇妙な妄想殺人 最終話 ~AIに愛は存在しない(自白編)~

田沼鬼太郎(たぬまきたろう)は倦ねていた。「倦ねる」と書いて「あぐねる」と読む。田沼は第三話で登場した政治評論家の狸の本名である。間が抜けているから狸太郎という芸名にしたという。

いきなりステーキは美味しいが、いきなり最終話はまずい。事件は、会議室はもちろん、現場でも、まだ起こっていないのだから。ということは最終話で事件が起こり、なおかつ事件を解決しなければならない。限られた尺のなかでそんなことができるのは世界でただ一人、犯人だけである。こうして狸は自首することにした。事件は警察の取調室の中で起こり、取調室の中で解決されたのであった。

 

「はい、わたしがあの三人を殺しました。老女医の鰐冨美子、その愛人を演じていたソイヤ、ソイヤは私の一人息子です。そしてもう一人、主勝田波留子、いや波留子については殺したというより、壊したと言うべきかな。とにかく尺が限られているので質問はご遠慮ください。私が要点だけをお話します。

「事の発端は若禿山教授毒殺事件です。出来の悪い子ほどかわいいと言いますが、息子のソイヤはとてつもなく出来の悪い子で、私はとてつもなく息子をかわいがりました。だから教授殺しの手伝いを頼まれたとき、二つ返事で引き受けました。もちろん息子が本当に教授を殺すとは思っていませんでした。何せ、その殺害方法が馬鹿げたものでしたから。

「まず教授殺しにおける私の役割ですが、日記を書くことです、『毒殺 鰐冨美子』というタイトルで。その最初の一文は確か、こうだったと思います。『これは日記であると同時に若禿山教授の殺害計画書でもある。したがって誰にも見せるわけにはいかない。なぜなら、この計画が完成した暁には、私はこれを実行に移すからだ。その決意を固めるために、これからこの日記を書き続ける』

「私はまず鰐冨美子のパソコンにウイルスを仕込み*1、婆さんのパソコンを遠隔操作できるようにして、婆さんのパソコンに息子が語る教授殺害の計画を日記という形で書き込みました。息子によると婆さんは思い込みが激しく、この日記も自分が書いたと妄想し、あわよくば日記が完成したら、この日記の通りの方法で若禿山教授を殺してくれるのではないかと聞かされました。さすがにバカ息子だけあって、馬鹿なことを考えると思いましたが、とりあえずかわいい息子の頼みなので、最後まで日記を書きました。

「ところが驚いたことに、私が日記を完成させた翌日、若禿山教授が毒殺されたではありませんか。私はすぐに警察に、犯人は鰐冨美子であること、そして、それを教唆したのが私であることを伝えなければと思いました。もちろん息子に頼まれたことは話すつもりはなく、私一人が罪を被る覚悟でした。そのことを息子に話すと、息子は驚くべき事実を告げました。息子は鰐婆さんの愛人を演じ、婆さんに教授の殺害を煽っていたというではありませんか。

「私は途方にくれました。そのとき私はまだ知りませんでした、殺害計画が現在進行中であることを。若禿山教授殺害は目的ではなく、手段だったのです。目的は鰐冨美子の殺害だったのです。後で知りましたが、一切の計画を立てたのは波留子です。

「息子が波留子と知り合ったのは雀荘です。息子は波留子に夢中になり、彼女のためなら何でもすると言ったところ、邪魔な存在を消したいと打ち明けられたのです。それが鰐冨美子だったのです。

「何でもあの婆さん、ブログとかやっていて、やたら波留子のことを取り上げていて、それが世間から忘れ去られたい波留子にとって迷惑千万なのです。昔、スポットライトを浴びるのが大好きだった波留子ですが、今は密かに暮らしたい理由があるのです。それは彼女の主たる収入源が掛け麻雀だからです。彼女は一流の研究者でノーベル賞も夢ではないとか言われたりもしましたが、何やら研究で不正をしたため研究所を首になり、超一流の雀士になったとか。でも表向きはケーキ屋のバイトで生計を立て、慎ましやかに生活する、どこにでもいるアラフォー女を演じてます。というのも高額の掛け麻雀は賭博罪になりますから。実際、波留子の年収は数千万に上るそうです。闇の世界で生きる彼女にとって、鰐婆さんはどうしても消し去りたい存在だったのです。

「妄想力豊かな鰐冨美子に、毒殺日記を書いたのは自分だと思い込ませることには成功したものの、彼女の行動力は妄想力に反比例して微々たるもので、彼女は計画を実行することはありませんでした。しかは波留子はそのことを織り込み済みで、息子に若禿山教授を毒殺するよう命じたのです。そして教授殺害の一報を聞いて、妄想婆さんは自分が教授を殺したと信じ込んだのです。ここまでは波留子の計画通りでした。

「次に鰐冨美子殺害計画が実行に移されました。自分が若禿山教授を殺したと妄想している婆さんに息子が自首するよう説得します。婆さんにしてみれば愛する息子のためにやったことなのに、裏切られた気持ちになり、可愛さ余って憎さ百倍、息子に殺意を抱きます。一晩考えさせてと婆さんが言い、どうやって息子を殺すのか考えます。一方で息子は毒殺日記に書かれた場所に若禿山教授殺害に用いた毒を置いて帰ります、翌日、息子はワインを持って婆さん宅を訪れます、これ全部、行動力のない婆さんに息子の殺害を実行させるお膳立てなのです。こうして息子の策略で、婆さんは息子のワイングラスに毒を盛るのですが、ここで想定外の事態が起こったのです。

「言っておきますが、息子が婆さんと自分の毒の入ったワイングラスを入れ替えようとしているところを婆さんに見つかった、というよくある話ではありません。そんな杜撰な計画をあの波留子が立てるはずがありません。想定外なのは予想より早く時間が動き出したことです。何のことかわからないでしょう。私も最初、波留子から話を聞いたときには信じられませんでした。

「息子が言うには息子と婆さんが向かい合って座っている前に突然、二人のワイングラスを持った波留子が現れたというのです。二つグラスを入れ替えるのは波留子の役割だそうで、それをどうやって実行するのかは教えてもらえなかったそうです。驚いた婆さんは腰を抜かし、息子は婆さんの家を飛び出して、私のところへ来ました。

「ちなみに計画では、婆さんが毒を飲んだ後、息子はパソコンのウイルスを消去し、警察に通報するはずでした。警察に聞かれたとき、息子はこう証言するはずでした。自分はパソコンの『毒殺 鰐冨美子』を読んで、鰐冨美子が若禿山教授を殺したと知り、自首を勧めたが、彼女は毒を飲んで自殺したと。警察は若禿山教授殺害に使われた毒物と婆さんが飲んだ毒物の成分が一致すること、そしてパソコンに残された毒殺日記から息子の証言を信じ、鰐冨美子が若禿山教授を殺し、そのことが発覚して自殺したと判断するだろうと。

「婆さんを殺し損ねた息子は私にすべてを打ち明けました。それを聞いて私は激高しました。息子は馬鹿ではあるが、悪人ではない、今までそう信じてかわいがってきたのに人を殺めていたとは。私は裏切られた気持ちになり、可愛さ余って憎さ百倍、息子を猟銃で撃ち殺しました。息子の死体の前で呆然と立ちすくむ私は、せめてもの供養と思い、息子が失敗した婆さん殺しを私の手で成し遂げようと鰐冨美子宅へ向かいました。婆さんは気絶していました。床にころがる婆さんの脳天に猟銃の弾を打ち込みました。

「残るは波留子です。一体、彼女は何がしたかったのか。若禿山教授は、鰐冨美子を自殺に見せかけるため、その動機作りのために殺されたということになる。だが、なぜそんな回りくどいことをしたのか。波留子の告白は私の想像の遥か斜め上を行くものだった。彼女は言う、これは実験だったと。

「すいません、伊丹さん。女性の刑事さんはいませんか。ここからは私と波留子の会話を再現したいと思うので、波留子役をやる人がほしいのです。台本は用意しました。」

「はじめまして、出雲麗音と申します。私が波留子役をやらせていただきます。これが台本ですね。」(to be continued)

次回、狸太郎と波留子の会話の再現(対話編)をお楽しみに。

 

第14話『ディアボロス』

 

*1:第二話参照