「STAP細胞はあります」を正当化する小保方さんの戦略
理研が発表した「小保方研究ユニットリーダーが参加する『STAP現象の検証計画』の進め方」によれば、小保方さんはテラトーマ実験もやるはずであった(ただし「不正を犯した人物」を明確にすることは検証実験の目的からはずされた)。したがって、このテラトーマ実験を省いたのは相澤真一さんの判断であろう。相澤さんはテラトーマの実験を行わなかった理由として、(1)テラトーマ形成には多量の細胞 が必要であるが、十分な数の STAP 様細胞塊が得られなかったこと、(2)テラトーマ形成能はキメラ 形成能に比べて多能性判定の意義が低いこと、の2点を挙げている(もちろんテラトーマ実験をすれば「不正を犯した人物」が明確になるから、という理由でやらなかったのではない)。
(1)については、テラトーマの実験にどれだけの数の STAP 様細胞塊が必要なのかわからないので何とも言えない(48回の実験で得られた500個前後の細胞塊でも足りないのだろうか?)。
(2)については、もしキメラ実験が失敗した場合(実際、失敗したのだが)、STAP 様細胞にどのレベルの多能性があるのか(テラトーマ形成能があるのかないのか)を判定する意義はある。数は少ないが、Oct4陽性細胞が出現している(最低のレベルでの多能性は評価された)のであるから、その次のレベルでの評価もなされるべきではないだろうか。
小保方さんはSTAP HOPE PAGEにおいてテラトーマはできたと主張している。
According to the final report of the STAP cell investigation at RIKEN, it was found that all chimeric mice, both of cell lines and a teratoma were derived from ES cells and not STAP cells.However, only teratoma formation from STAP like cells was already confirmed in 2010 in Dr. Vacanti's lab at Harvard University.
Past background of STAP | STAP HOPE PAGE Investigation report of STAP in RIKEN
ここで小保方さんは「理研の報告書によれば(若山さんの担当した)キメラ、STAP幹細胞、FI幹細胞、そして(私が担当した)テラトーマは、すべてES細胞由来だそうですが、(私の担当である)テラトーマだけは、私、バカンティ研でSTAP like cells(注)から作りましたから」という趣旨のことを言っている。彼女を擁護する人の中には調査委員会の結論は間違っているとか、捏造だとか言っている人がいるようだが、少なくとも小保方さん自身は「all chimeric mice, both of cell lines and a teratoma were derived from ES cells」という結論に反論していない。ただ「teratoma formation from STAP like cells was already confirmed 」と主張しているだけである。
しかし、である。何と『あの日』では、はっきりとSTAP細胞は「テラトーマを形成することはなかった」と述べられているのである。
スフェア細胞はES細胞と異なり、生体内での増殖性が低く、ただ注入するだけではテラトーマを形成することはなかった。しかし、研究室が得意としていた組織工学の技術を使ってテラトーマに似た組織を作ることができた。
『あの日』p.55(強調は引用者、以下同じ)
「組織工学の技術を使って」作られた「テラトーマに似た組織」をテラトーマと言っていいものかどうか、素人の私にはわからない。
(注)『あの日』では「スフェア細胞」とよばれているが、私の文章ではスフェア細胞を「STAP細胞」という記述で統一することにする。
『あの日』では、テラトーマについて多くは語られていない。その数少ない記述の中に次のような記述がある。
若山研での初めてのテラトーマの実験はキメラ実験が成功した後に行われたものだった。(中略)若山先生はこの事実を知っていたはずである。(中略)しかし若山先生は、テラトーマの実験があったからキメラの実験をする気になったと後に主張している。
『あの日』p.210
しかしこの記述は、おそらく小保方さんが若山さんの発言を誤解したことから生まれたものであろう。小保方さんは若山さんにキメラ実験をお願いする際に「30分以上にわたり、これまで進めてきた研究の説明」(『あの日』p.63)をした。その説明の中には、当然テラトーマ実験の説明もあったはずである。そして「私からの説明が終わると(中略)若山先生が『やってみましょう』と言ってくれた」(『あの日』p.64)。すなわち若山さんは、初めて小保方さんにあった時点で、既に「キメラの実験をする気になった」のである。だから若山さんをその気にさせたテラトーマ実験とは小保方さんが(若山研ではなく)バカンティ研で行ったものであると解釈するのが自然である。
ただ、小保方さんが、その実験をどのように説明したのかは不明である。正直にSTAP細胞は「ただ注入するだけではテラトーマを形成することはなかった」と説明したのか、それとも「組織工学の技術を使って」作られた「テラトーマに似た組織」の写真を見せて、それが、STAP細胞を「注入するだけで」形成されたテラトーマそのものだと偽りの説明をしたのか。
そこで、ひとつ疑問となる点がある。小保方さんは、なぜ『あの日』で「テラトーマを形成することはなかった」と馬鹿正直に告白したのか、である。
私は上記の記事で次のように述べた。
小保方さんは、スフェア細胞は「生体内での増殖性が低」いから完璧なテラトーマができないと考えた。しかし、不完全ではあるがテラトーマのようなものはできる。そして胚の中ではより高い増殖性をもつ可能性はある。だから、若山さんにキメラ実験を依頼した。
これは読みが浅かった。そもそもキメラ実験は、小保方さんが論文を投稿したPNASの査読者の要求であり、小保方さんの考えとは関係なく、どうしてもやらざるを得ないものであった。
小保方さんが本当に主張したかったのは、STAP細胞は「ES細胞と異なり、生体内での増殖性が低」いだけでなく、胚の中でも増殖性は低いということではないだろうか(胚も生体の一種である)。そうすることによってSTAP細胞は多能性を持っているにもかかわらず、それを胚に「ただ注入するだけでは」(ES細胞から作られるような)キメラは作ることはできないのだ、ということを示唆すること、それが、あえて「テラトーマを形成することはなかった」と正直に告白した真意ではないかと私は推測した。
そのように推測する根拠は、STAP細胞からは「テラトーマに似た組織」だけでなく、(見た目ではキメラには見えないが)キメラに似た胎児まで作製されていことにある。
キメラマウスの胎児を顕微鏡下で細胞が観察できるほど薄く切り、その中にGFP陽性の組織があるかを観察する組織学的解析を試みると、GFP陽性の細胞はキメラマウスに存在していたが、組織を形成しているというよりも、組織内に散在しているという表現のほうが正しいと思われた。キメラマウスの遺伝子を解析すると、割合は少ないがスフェア由来の遺伝子が存在するマウスも確認された。2種類の遺伝子情報が1匹のマウスの中に存在するというキメラマウスの定義を満たしているものの、既存の多能性細胞からできてくるキメラマウスとは見た目の特徴が大きく異なっていた。多能性という既存の定義に当てはめて、このスフェア細胞を見ていいものなのかは大きな疑問であり、新たな解釈が必要であると考えられた。
『あの日』p67
最後の一文で、小保方さんは、STAP細胞が持っている「多能性」は、現時点における多能性の定義には当てはまらない、新たに解釈されるべき「多能性」である、言外にそう言っているのである。この重要な「組織学的解析」の結果は当然、若山さんにも報告されたであろうが、小保方さんと若山さんの間で多能性の「新たな解釈」について、どのような議論が交わされたかについての言及はない。確実なのは、「キメラマウスの定義を満たしているもの」が作成された後も、キメラ実験が継続されたという事実だけである。
Notwithstanding, my part of STAP study, and STAP phenomenon, was surely confirmed in the verification experiment.Indeed, Dr. Niwa's STAP verification group also independently succeeded in re-creating STAP cells which expressed pluripotent stem cell markers such as Oct4.
Past background of STAP | STAP HOPE PAGE STAP verification experiment in RIKEN CDB
この小保方さんの主張に対して、ただOct4陽性だから多能性を獲得したとは言えない、キメラができてはじめて、多能性を獲得したと言えるという批判がある。この批判に対する小保方さんの反論は、増殖性の低いSTAP細胞から作製されるキメラは、ES細胞のように増殖性の高い細胞から作製されるキメラとは異なる、というものである。だからSTAP細胞から作られたキメラについて遺伝子解析を提案する。
キメラマウスは初期胚に注入した細胞が作る組織の割合が低いと、見た目には判断がつかないことがある。検証チームのキメラ実験の担当者に「キメラの解析は見た目の判断だけではなく、遺伝子を解析してSTAP細胞の遺伝子がキメラマウスにいるかどうかを確かめることも行ったほうがいいのではないか」と提案したが、「若山先生が作ったキメラと同等なものができないと世間は納得しないよ」と言って受け入れてはもらえなかった。
『あの日』p219
だから小保方さんの検証実験の評価は次のようになる。
検証実験においてはキメラマウス作製以外の方法での細胞の多能性の確認実験は一切行われなかった。そのため「STAP現象が再現されなかった」のではなく、「目視で測定できるようなキメラマウスができなかった」が実際に行われた検証実験の結果の説明だと私は考えている。
『あの日』p238
目視では確認できないが、遺伝子解析をすればSTAP細胞がキメラに寄与していることは確認できたはずである、というのが小保方さんの主張である。
小保方さんの「検証実験でSTAP現象は確認された」という主張の根拠は次の2点に要約される。
(1)STAP現象によって初期化された細胞(STAP細胞)が有する「多能性」は既存の多能性細胞が有する多能性の定義の範疇には収まらない。
(2)STAP細胞は「多能性」を有するが、増殖性が低いため、既存の多能性細胞から作られるようなテラトーマやキメラマウスは作ることができない。
ただ、このように簡潔に定式化すると、STAP細胞の「多能性」の定義を明確にしろ、とか、STAP細胞が仮に「多能性」をもっていたとしても、それが増殖しないなら、何の役にも立たないじゃんなど、色々とツッコミを入れられるので、『あの日』では非常に回りくどい言い方をしているのである。それが「STAP細胞はあります」を正当化する小保方さんの戦略である。
【注】この記事は『あの日』の記述がすべて真実であるとの前提で書かれています。
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