シュレディンガーの狸

このブログがなぜ"シュレディンガーの狸"と名付けられたのか、それは誰も知らない。

たまには私も、まともなことを言う。

私は「敢えて「Business Journal」に寄稿した勇気ある湯之上隆さんを心配する。 」で次のように述べた。

確かに米独の論文がSTAP現象の再現である可能性があると分析・考察する専門家を見つけることは、STAP現象を再現するのと同様、不可能に近いであろう。

ここで注意してほしいのは、「STAP現象の再現である可能性があるがあると分析・考察する専門家を見つけることは」「不可能に近い」と言っている点である。つまり私は「不可能だ」とは断定していない。そして実際「不可能に近い」現象が起こった。すなわち「STAP現象の再現である可能性がある」と考える「研究者」さんが現れた。

科学的に最も適切な言い方は「米国のVojnitsら、およびドイツのKimらの結果は、小保方氏らの仮説と関係がある可能性があるが、再現性も含めて今後もっと詳細に調べないとわからない」ということであろう。

帰納と概念 : 一研究者・教育者の意見(強調は引用者)

どんなことにも「可能性」は無いとは断言できない。だから米独の研究結果も「小保方氏らの仮説と関係がある可能性」が無いとは言えない。しかし「可能性が無い」と言えないからといって、「可能性がある」と言うのはいかがなものか。

もし「研究者」さん自身が、米独の研究結果と小保方氏らの仮説の関係について「今後もっと詳細に調べ」るつもりがあるなら、あるいは、どこかで両者の関係について「もっと詳細に調べ」ている研究者がいるという情報をもっているなら、そのように言うことは問題ないであろう。しかし、そうではないなら、つまり「詳細に調べないとわからない」ことが誰の手でも調べられずに結局、永遠に「わからないこと」で終わる可能性が高いなら、そのように言うことは問題であろう。それは「研究者」さんも同意できないという「木星氏らの『STAP現象が再現された』という主張」を支える(もちろん「研究者」さん自身には、そのような意図はないにしても、木星さんらは、この記事を根拠にして「科学者も米独の研究結果と小保方氏らの仮説は関係があると言っている」などとデマを流す可能性は大いにある)ことになるからである。そして、それ以外に何の意味もないからである。

STAP問題は科学の問題としては一応の決着はついている。現在のSTAP問題は「木星氏らの『STAP現象が再現された』という」非科学的主張によって、一般の人が惑わされているという社会問題である。

正直に言うと、私自身はブログ「結論ありき」の非専門家ブログが社会を混乱させている:世界三大不正STAP事件の正しい理解を社会に広める会」の管理人さんたちのように真剣にこのSTAP問題を憂いているわけではない。しかしながら私と違って「研究者」さんのような真面目な方が、しかも研究職にある方が、STAP問題は科学的にまだ決着していないと誤解されかねない記事を書かれたことについては、一言、言わねばと思った次第である。