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シュレディンガーの狸

このブログがなぜ"シュレディンガーの狸"と名付けられたのか、それは誰も知らない。

数とは何か? ~数の単位としての複素数の考察~(4)

数の単位ψ=e^iθについて

       dψ/dθ=iψ

ここでθ=Htと定義すれば

       dψ/dt=(dψ/dθ)(dθ/dt)=iHψ

さらに複素数の大きさは実数でなければならないので虚数単位iを左辺に移行する。

       -idψ/dt=Hψ                                     (式D)

このとき右辺に存在する積は〈H,θ〉と表示される複素数に見える。ただし、そのためにはψの定義はe^iθでなければならず、したがってθ=Htと定義したこと、そしてψをtで微分したことは隠蔽しなければならない。

df/dxは数学的には二つの記号df、dxに分解される。しかし非数学的にそれを分裂させること、すなわちd/dxとfに分裂させることは不可能ではない。

       df/dx~(d/dx)f

d/dxを微分演算子という。そうしておいて微分するということは、微分演算子を(左側から)掛けることである、と説明する。

さらに次の文によって固有名Hを導入する。

       H~-id/dt

その目的は(式D)を次のように書き換えることである。

       Hψ=Hψ                                            (式E-1)

このようにして隠蔽工作は完了する。tで微分したことのみならず、微分したことそのものが隠蔽される。

右辺のHψがHとψの積であることに疑いはないが、同時に左辺のHψについては積でないことは明らかである(「数と数学的単位の結合は矛盾である。 - シュレディンガーの狸」参照)。それはHとψの積に見える象徴(要素)であると解釈することも可能であるが、私は数記号ψに符号Hが寄生している対象であると解釈する。いずれにせよHという数記号が存在しないことは疑いない。したがって

       H=H                                                 (式E-2)

という式が成立することはない。ただし、この不成立の理由は数記号Hの不在だけにあるのではない。Hという実数は数の単位ψに由来するものであり、ψの存在なしには式は成立しない、すなわち(式E-b)という形でしか、式は成立しないのである。そして、そのような式は論理的に評価されるべき対象ではない。その式は、その有用性において、それが何の役に立つかで評価されるべきである。

(式E-c)は成立しない。しかし、その式に対応する文がある。符号Hの不在がひとつの名の存在を示唆している。Hψから符号Hだけを取り出し、ある文の中にそれを置くと、それは名となる。その名は次のような文の主部に位置する。

       H~H                                                 (文E)

この文に単位ψは存在しない。式の中に(言語的単位である助数詞はもちろんkg、m等々の物理的単位も含め)単位を持ち込むべきではないように、文の中に数の単位ψを持ち込むべきではない。なぜなら、われわれが普通に「数」と呼んでいるものに単位は存在しないからである。数の単位ψなるものは純粋に数学的存在であり、さらに言えば、数学的には無意義な存在である。

この考察の過程で” [a,b]~複素数”という文が” [p,q]~P+Qi”という文に転化したように、私の考察は”a~実数”という文が、その述部に実数が置かれた文”H~H”に転化することをもって終わる。

問「数とは何か?」に対する私の答は「数とはHである」。

 (終わり)

 

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