シュレディンガーの狸

このブログがなぜ"シュレディンガーの狸"と名付けられたのか、それは誰も知らない。

女優を演じる女優・クリスティン編

クリスティンは女優ではなく、そのマネージャー役として映画に登場するのであるが、しかしまた映画の中では稽古ではあるが、シグリッド役を演じるのである。

ジュリエットとクリスティンはヴィルヘルムの別荘を訪れ、彼の妻と共に「マローヤのヘビ」と呼ばれるマローヤ峠を流れる雲を映した古いフィルム映像を観る。この映像を観ているとき、ヴィルヘルムは「大自然の隠された本質が自ら姿を現す瞬間だ」と驚嘆したという。ヴィルヘルムが『マローヤのヘビ』を執筆したこの別荘は役作りに最適な場所として彼の妻から勧められ、ジュリエットはクリスティンと共に別荘に残ることにする。クリスティンはヴィルヘルムとジュリエットの関係を尋ね、ジュリエットは彼に惹かれたが、それは恋以上の感覚だと答える。
クリスティンは今回シグリッドを演じる女優クロエ・グレース・モレッツが様々なスキャンダルを抱えていることをジュリエットに告げるが、それでも彼女が一番好きな女優だ断言する。ジュリエットが自分よりも好きなのかと尋ねるとクリスティンは返答に窮する。

ジュリエットはクリスティンをシグリッド役に見立てて舞台の稽古を始める。この稽古の過程でシグリッドとヘレナ、両者の人物像の一端が明らかになる。ヘレナは親の会社を継いで社長となるが、周囲から反感を買い孤立している。会社の業績も思うように上がらず、夜も眠れない。そう打ち明けるヘレナに対してシグリッドは、そんなことは自分に関係ないと突き離す。ジュリエットがその次のセリフを間違え、稽古は中断する。彼女は、かつてヘレナを演じた女優が大嫌いだった、その女優はヘレナという敗北した女になりきることに歪んだ喜びを感じていたからだと語る。しかしクリスティンはヘレナがたんに敗北しただけではない言う。これがヘレナという架空の人物に対する解釈をめぐるジュリエットとクリスティンの対立の始まりである。ここで、この映画のキーワードとなるジュリエットの言葉がある。それは、ヘレナは劇が始まる前から自殺したがっていて、シグリッドはそのための「道具」にすぎない、というものである。ということはヘレナは劇が始まる前から存在していたことになるが…。
稽古が再開され、ヘレナとシグリッドの会話が続く。ヘレナに言わせれば、シグリッドはたんに若くて魅力的なだけでなく、落ち着きがあり自信に満ち溢れている。シグリッドが「あなたもそうです」と言うと、ヘレナはこれは仮面であり、自分の本当の姿は別にある。それに気づかぬ人と見透かしている人を自分は見分けることができると言う。そしてシグリッドは後者であると考えるヘレナは彼女に、自分をどう思っているかを問う。シグリッドは一瞬、答えるべきか否かを迷うものの、冷酷にヘレナの本心を言い当てる。夜眠れないのは業績不振が原因ではない。では何が原因かと問うヘレナに対してシグリッドはこう答える、自分への欲望だ、と。シグリッドは続ける、自分は最初から気づいていたが、知らないふりをして楽しんでいた。そういう話は居心地が悪いと話を逸らすヘレナに、シグリッドはなおも迫り、ヘレナに「あなたのことが気になっていた」と認めさせる。そしてシグリッドはヘレナの個人秘書となる。
ここで創作上の人物ヘレナとシグリッドの関係が現実の人物であるジュリエットとクリスティンの関係に投影されていることが暗示される。クリスティンには男性の恋人がいることをジュリエットは表面では受け入れているものの、内心では強い嫉妬を感じていることを示唆する場面が登場するからである。
ジュリエットとクリスティンは女優クロエの評価でも対立する。ハリウッドのSF映画でスーパーヒーローを演じたクロエを高く評価するクリスティンを馬鹿にするジュリエットに対し、クリスティンは「あなたのことが本気で嫌いになる」と反発する。ジュリエットは役を理解しないとその役を演じられない理性の人であるが、クロエはどんな役でも演じることができる感性の人である。またクロエはジュリエットが絶対に手に入れることができないものを持っている。それは「若さ」である。

舞台の稽古は続く。ヘレナはシグリットから、二人の秘密の関係を知る者が二人だけではないことを知らされ、ショックを受ける。さらに追い打ちをかけるようにシグリッドが秘密の関係を続けてきたのは、自分がヘレナを思い通りに操るためだったと告白され、ヘレナは打ちのめされる。そして二人の関係を終わりにすると告げると、シグリットは仕事を辞めると言うが、ヘレナはそれを認めない。それならば、これからも二人の関係はつづけるしかないとシグリッドが言う。

シグリットの台詞に真実味がないというジュリエットの主張に対して、クリスティンは、シグリッドはヘレナの内なる欲望を言葉にしているのだと反論するも、ジュリエットは納得しない。彼女の役作りについていけないクリスティンはマネージャーを辞めたいと漏らす。

最後の稽古。シグリッドがヘレナに内緒で転職を考えていることを知り、ヘレナは激怒するが、シグリッドは動じず、「あなたは私を頼りすぎている」とヘレナを見捨てる。稽古が終わった後、二人はヘレナの解釈をめぐって再び対立する。自分はジュリエットのそばに居ずらいと言うクリスティンをジュリエットは「私にはあなたが必要なの」と抱きしめる。

マローヤ峠で「ヘビ」が見れるかもしれないという情報を得たクリスティンはジュリエットと共に山を登る。その途中でクリスティンはヘレナは死んでいないかもしれないと言い出す。確かに戯曲の記述は、その点を曖昧にしているが、しかしクリスティンの解釈をジュリエットは否定する。

そして「マローヤのヘビ」が姿を現したとき、そこにクリスティンの姿はない。

 

クリスティンが出演したハリウッド映画『チャーリーズ・エンジェル

チャーリーズ・エンジェル (字幕版)