戯曲『STAP~出口のない部屋~』
#1 おっ、明かりがついた。
#2 誰だ、明かりを消したのは?
#3 俺じゃないぞ。
#4 僕ではありません。
#5 いや、そもそもこの部屋の中に居る者に明かりを消すことなどできないはずだ。スイッチらしきものはどこにも見当たらないんだから。
#6 それを言うなら、僕たちがこの部屋に居ること自体が不可能なんじゃないか。この部屋には入り口がないんだから。
全員、沈黙する。
#7 おい、ちょっと待て。誰かひとり、居なくなってるぞ。
#8 さっき、明かりが消えたとき、出て行ったのかしら。
#9 出口のない部屋から、どうやって?
全員、沈黙する。
#1 で、誰がいなくなったんだ。
#2 確か、さっき自己紹介したとき、「稲井」って名乗ってた人じゃないかな。
#3 そんな奴、居たか。
#4 居ないよ。あの人は確か「井枡」って名乗ってたはずだ。
#5 なんだか存在感のない人だったな。
#6 そうそう、影の薄い人だった。あっ、思い出した! 名前は「笛吹」だ。
#7 じゃあ、僕は「濃井」に一票。そんな名前の人、いるわけないか(笑い)。
#8 居るよ、私の学校に。「濃井薫」って名前の人。
#9 おいおい、名前なんて、どうでもいいじゃないか。それより、肝心なのは、そいつがどうやってこの部屋から出たかだ。それがわかれば、俺たちもここから出られるんだから。
全員、沈黙する。
#1 いや、彼が部屋から出られたのは、彼の名前と無関係ではないと思う。
#2 どういうことですか。
#3 奴に存在感がないのは、もともと存在していないからだ。「濃井薫」は2次元の存在なんだ。
#4 そうか。壁に「濃井薫」の絵を描いて、その壁の向こう側で「コイカオルデス」と誰かが話していたんだ。なんてくだらないトリックなんだ。
#5 明かりが消えたとき、その絵を消したということか。
#6 だとしたら絵を消した奴がこの中に居るということになる。
#7 そして、そいつは我々をここに閉じ込めた奴らの仲間ということになるな。
#8 そういうことになるわね。で、その性悪女がア・タ・シ。
#8は平然としているが、それ以外の全員が驚く。
#9 お前、いったい何者だ?
#8は薄ら笑いを浮かべ、それ以外の全員が沈黙する。
#1 あっ!
#2 まさか……。
#3 『原色美女図鑑』より進化している。
#4 おぼ……
#5 かた……
#6 はる……
#7 こ……さん。
#8 みなさん。これまで応援していただいてありがとう。でもね、あなたたち、はっきりいってチョー迷惑なの。わたし、整形したかいあって、映画デビューのオファーが来たの。いつまでもSTAP、STAPと騒がれちゃ、研究不正の悪いイメージから抜けきれないでしょ。ES細胞混入だけはなんとか逃げ切ったけど、それ以外に4件の不正を実際しているわけだし、ワタシ的にはSTAP論文から完全脱却したいのに、あなたたちはいつまでもネットにへばりついてSTAPと私を結び付けようとする。世間的にはSTAPなんてとっくに忘れられているんだから、寝た子を起こすような真似はしないでちょうだい。出口のない議論は、出口のないこの部屋でやってね。それじゃ、みなさん、お元気で。
天井からロープが降りてきて、#8が右手それを掴む。ロープは静かに上昇し、#8は左手を振りながら、舞台から消える。その間、残された全員が上昇する#8を見上げる。#8が観客から完全に見えなくなったとき、#9が舞台中央の前面で疲れ果てたように膝を落とす。
#9 エリ・エリ・レマ・サバクタニ!*1
(幕)
*1:十字架上のキリストの最後の7つの言葉のひとつ(わが神、わが神、どうして私を見捨てられたのですか。)