シュレディンガーの狸

このブログがなぜ"シュレディンガーの狸"と名付けられたのか、それは誰も知らない。

あぶない刑事【片瀬編】

事件は無事、解決しました」と見知らぬ女性が言ったとき、上田と須田は声を揃えて言った。

あんた、誰?

しかし、署長はこの女性とは旧知の仲であるようで「そうですか。解決しましたか。さすが名探偵だ」と言いながら、その女性に近づき、手を握ろうとするも、女性にやんわりと拒絶される。ばつの悪そうな署長は上田と須田に向き直り、「紹介しよう。こちらは片瀬探偵事務所の所長、片瀬久美子さんだ」と言った。

「初めまして。片瀬でございます」と深々とお辞儀をする姿を見て、上田と須田は初めて自分たちが、まだお互いの胸ぐらをつかんだままであることに気が付き、慌てて手を放し、「上田です」「須田です」と挨拶を返すものの、片瀬がなぜ、ここにいるのか腑に落ちない様子である。それを見透かしたかのように片瀬は説明する。

「今回、署長様からご依頼いただいた『マダラノヒモノ』殺人事件の捜査が終了しましたので、本日はそのご報告に伺った次第です。そういうわけですから、署長様には、いつもの通り事件解決の儀式の段取りをお願いしたいのですが」

 そう言われた署長は満面の笑みを浮かべ、「喜んで準備させていただきます。ちなみに場所はいつもの所でよろしいでしょうか。そうですか、承知しました。それでは参加者の日程を調整し、日取りが決まり次第、追ってご連絡差し上げます」

「よろしくお願いいたします。それでは皆さん、今日はこれで失礼させていただきます」そう言って、片瀬はまた深々とお辞儀をした。

片瀬が退出し、ドアが閉まるのを確認したのち、まず署長につっかかったのは上田であった。

「署長、どういうことですか、殺人事件の捜査を民間人の探偵に依頼するなんて。明智小五郎金田一耕助の時代なら、いざ知らず、今の時代に警察が、そんなことするなんて考えられません」

署長は、まるで母親に叱られた子供のように言い訳する。「そんなことはないだろう。今でも警察は湯川学や火村英生には協力を求めているんだから」

上田は語気を強めて言う。「彼らは探偵ではなく、学者です!! 専門知識をもっています」

今の今まで上田と対立していた須田も彼女に同調して言う。「探偵なんて、所詮、浮気調査の専門家iにすぎないでしょ。そんなのに、なんで殺人事件の捜査を依頼するのか、理解に苦しむわ」

だが、同調するのはここまでである。さらに須田はこう続ける。「上田が刑事として半人前なのは認めます。いや、素人同然で役に立たないどころか、捜査の足を引っ張っているのも事実です。しかし、わたしがいるじゃないですか。どうしてわたしを信頼して、わたしに任せてくれないんですか」

 これを聞いた上田が再び須田につかみかかろうとするが、今度は署長が間に割って入り、二人をなだめる。「僕が悪かった。君たちに相談せずに片瀬さんに捜査を依頼したことで、君たちのプライドを傷付けてしまった。本当に申し訳ないと思う」とここまでは神妙な顔で言ったのだが、そこで表情を一変させニコニコ顔で「ま、事件は無事、解決したことだし、ここはひとつ結果オーライということで二人とも納得してもらえないかな、あはは」

上田は依然、須田を睨みつけているが、須田は脱力して話題を変えた。「で、あの片瀬とかいう探偵、誰が犯人だと言ってるんですか」

署長は嬉しそうに言う。「それは僕もまだ聞いてない。犯人は事件解決の儀式で探偵が『犯人はあなたです』と指さすことで明らかとなるのさ。これが儀式のメインイベントだから、それまでは誰も教えてもらえない。さて犯人は誰だろう、ワクワクするよね」

「あほか、このオッサンは」須田はそう思ったが、口には出さなかった。

 

とある断崖絶壁に事件関係者7人が集められた。

「皆さんには、お忙しい中、お集まりいただき、誠に恐縮です」と片瀬が事件解決の儀式の開会の辞を述べる。

「まったく迷惑な話だわ。殺された人のこと、わたし、全然知りませんし、事件とはまったく無関係なのに、こんなところに呼び出されて」と容疑者の中で最初に口火を切ったのは小保方である。「だいたい、なんで崖の上なの。屋内でも話はできるでしょうに」崖の上は強風が吹いているため、小保方のきれいにセットされた髪が乱れる。そのことも小保方を不機嫌にさせている一因のようだ。「申し訳ありません。事件解決の儀式は崖の上でやるというのが決まりでして」と署長は弁解する。

さらに小保方は毒づく。「どうせ犯人は若山センセーなんでしょ。そして、その罪をわたくしに着せようとした。センセーのやりそうなことだわ」

饒舌な小保方とは対照的に若山は小保方に背を向けたまま、その目は水平線に向けられ、その口は真一文字に閉じられている。彼は崖の上に来てから、まだ一言も発していない。若山の泰然とした様子に苛立ちを感じた上田は小保方の援護射撃をする。

「若山さん、何とか言いなさいよ。黙っているのは反論できないからかしら。それは自分が犯人だと認めるということよね」だが、若山は黙して語らない。その代り須田が発言する。

「おい、上田!! 若山先生に向かって、その口の利き方は何だ。失礼だぞ!!」この発言に対しても、若山は沈黙したままである。その代りに小保方が応戦する。

「あら須田さん、お久しぶり。わたくし、あなたに質問されたとき、殺意すら感じましたのよ。質問に答えなければ、こちらで勝手に調書をつくるって言ったわよね。若山センセーの言うとことを鵜呑みにして、わたくしを犯人に仕立てようとするんだから、あなたも、たいしたタマよね」須田は、そんなことは言っていないと否定しようとするが、そのとき「上田君も須田君も落ち着け」と署長が口を挟む。「小保方さんには不快な思いをさせて申し訳ありません。しかし、ここはひとまず片瀬さんの推理をお聴きいただけないでしょうか」と署長が片瀬の発言を促す。小保方はぶっきらぼうに「どうぞ、お好きなように」と言い、若山は相変わらず沈黙を守る。ただし沈黙しているのは若山だけではない

そして、いよいよ片瀬が語り始める。事件の真相と犯人が明らかとなるときが来たのである。

「この事件は複雑ではありません、というよりきわめて単純です。動機も別れ話のもつれというありふれたものでした。被害者と犯人は不倫関係にあったのです」

「被害者は女性ですよね?」と上田が署長に尋ね、「いや、男性ですよね?」と須田も尋ねる。「うるさい。黙って聴け」と署長は突っぱねる。

「被害者はなぜ『ボウダラ』と書かずに『マダラノヒモノ』と書いたのか。答えは簡単でした。『ボウダラ』と書けば犯人に消されてしまうからです。わたしは被害者の勤務先のコンピューターで『ボウダラ』というキーワードで検索してもらいました。その検索結果から容疑者が浮上しました。そして、その容疑者に尋ねました。『タラコ』は何という魚の卵か知っていますか、と。知らないという答えが返ってきたとき、この容疑者が犯人だと確信しました。鱈という魚の存在を知らないなら『真鱈の干物』も知らなくて当然です」

「被害者が勤める会社のコンピューターに氏名が登録されており、『マダラノヒモノ』の意味を知らず、そして『ホウダラ』というメッセージによって直接的に示唆される者、それが犯人です」

「そう、犯人はあなたです

そう言って探偵・片瀬は自分の傍らにいる老女を指さした。90歳を超えるように見えるその老女は膝から崩れ落ちると、両手を地面につけて肩を震わせて言った。「その通りです。私がやりました。私は彼を愛していました。私のお腹には彼の子供がいるのです」

署長が恐る恐る尋ねる。「あの~このおばあさんはどなたですか?」

片瀬が答える。「『マダラノヒモノ』殺人事件の真犯人、坊田蘭です」

署長はオウム返しで「ボウダ・ラン?」と言う。

上田と須田も言う

ボウダラ…ン?

そうだったのか。今、真相を知った上田と須田はものすごい脱力感に襲われていた。  

 

                                                            The End 

 

                                                                      cast 

 

                                                      上田刑事  上田眞実

                                                      須田刑事  須田桃子

                                                             探偵  片瀬久美子

 

                                               小保方容疑者  小保方晴子

                                                   若山容疑者  若山照彦

                                                           

                      署長  岩松了(特別出演)

 

                     坊田蘭  瀬戸内寂聴(友情出演)

 

 

                          脚本・監督

                                              狸

 

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