シュレディンガーの狸

このブログがなぜ"シュレディンガーの狸"と名付けられたのか、それは誰も知らない。

杜春子(上)

或春の日暮です。

ハーバード大学の西の門の下に、ぼんやり空を仰いでいる、一人の若い女性がありました。

女性は名は杜春子 (モリ ハルコ)といって、元は早稲田大学の大学院生でしたが、今はハーバード大学に留学し、その日の暮しにも困る位、憐な身分になっているのです。

「日は暮れるし、腹は減るし、その上何度やっても万能細胞は作れないし――こんな思いをして生きている位なら、一そ川へでも身を投げて、死んでしまった方がましかも知れない。」

春子はひとりさっきから、こんな取りとめもないことを思いめぐらしていたのです。

するとどこからやって来たか、突然彼の前へ足を止めた、馬鹿の老人があります。それが夕日の光を浴びて、大きな影を門へ落すと、じっと春子の顔を見ながら、

「お前は何を考えているのだ。」と、横柄に言葉をかけました。

「私ですか。私は今、実験がうまくいかないので、どうしたものかと考えているのです。」

老人の尋ね方が急でしたから、春子はさすがに眼を伏せて、思わず正直な答をしました。

「そうか。それは可哀そうだな。」

老人は暫く何事か考えているようでしたが、やがて、

「ではおれが万能細胞の作り方を教えてやろう。」

「ほんとうですか。」

春子は驚いて、伏せていた眼を挙げました。所が更に不思議なことには、あの老人はどこへ行ったか、もうあたりにはそれらしい、影も形も見当りません。

 

帰国した杜春子はユニットリーダーになりました。あの細胞を、夜中にそっと混ぜて見たら、万能細胞が一山出て来たのです。

ユニットリーダーになった春子は、すぐに立派なパソコンを買って、山中教授にも負けない位、立派な論文を書き始めました。研究室の壁をピンクに塗るやら、伊勢丹から割烹着をとりよせるやら、ムーミンのシールを貼るやら、亀を何匹も放し飼いにするやら、玉を集めるやら、ヴィヴィアン・ウエストウッドの指輪をはめるやら、その研究費の無駄遣いを一々書いていては、いつになってもこの話がおしまいにならない位です。

そしてネーチャーに論文が記載されるという噂を聞いて、マスコミが、朝夕取材にやって来まして。それも一日毎に数が増して、半月ばかり経つ内には、春子に取材に来ないマスコミは、一社もない位になってしまったのです。

しかしネーチャー論文に疑惑が発覚すると、人間は薄情なもので、彼女に力を貸そうという研究者は、一人もいなくなってしまいました。いや、力を貸す所か、逆に万能細胞は捏造だと言い出すものまで出てきたのです。

そこで彼女は或日の夕方、密かに渡米し、もう一度あのハーバード大学の西の門の下へ行って、ぼんやり空を眺めながら、途方に暮れて立っていました。するとやはり昔のように、馬鹿の老人が、どこからか姿を現して、「お前は何を考えているのだ。」と、声をかけるではありませんか。

春子は老人の顔を見ると、恥しそうに下を向いた儘、暫くは返事もしませんでした。が、老人はその日も親切そうに、同じ言葉を繰返しますから、こちらも前と同じように、

「私は今度、再現実験をすることになったのですが、どうしたものかと考えているのです。」と、恐る恐る返事をしました。

「そうか。それは可哀そうだな。ではおれが万能細胞の作り方を教えてやろう。」

老人はこう言ったかと思うと、今度も亦人ごみの中へ、掻き消すように隠れてしまいました。

杜子春はその翌日から、再現実験に取り掛かりました。そして相変らず、仕放題な実験をし始めました。すべてが昔の通りなのです。

ただ冷凍庫に一ぱいあった、あの細胞は今回は使えませんでした。だから実験は失敗に終わり、春子の職は無くなってしまいました。

芥川龍之介 02「杜子春」