そうなんですよ、ES混入なんて無理筋で納得するのはライバル研究者だけです。彼らはSTAPを潰すのに必死なんです。アンチSTAP派にとってES混入説は大歓迎なんです。
でも中立な立場に立つ研究者はES混入説の破たんに気付います。ただ彼らも何か特殊な圧力により、やむを得ずES混入説が採用されたと考えているから、あえて異を唱えないだけです。彼らは検証実験が失敗に終わってもなお、STAPはあると確信しています。検証実験に小保方さんが参加したという事実こそ、彼女が最大限の努力で身の潔白を証明しようとした証拠なんですから。
それにしても検証実験に参加しなかった若山さんに対しては批判があってもおかしくないと思いませんか? それなのに誰も口にしません。おかしくないですか? これも研究者たちが特殊な圧力を感じている証拠です。
え? 日本だけでなく世界中で行われたどの再現実験も成功していないのをどう考えるか、ですか? あんなもの、見る人が見れば再現実験とは程遠いものですよ。馬鹿馬鹿しい。
ええ、核移植です。間違いありません、STAP細胞は核移植で作られたんです。そして若山さんは小保方さんが自分について山梨大学に来たら全てのノウハウを伝えるつもりだったんです。ところが小保方さんは理研に取られて、笹井さんの下で核移植抜きで論文を仕上げたんです。その論文が何とnature誌にアクセプトされてちゃったんです。これは若山さんにとっては厄介なことです。核移植抜きでは再現できないことは若山さん自身が一番よく知っているだから。だから論文の疑惑が発覚したのをいいことに、再現を要求される前に若山さんは率先して論文撤回工作に走ることにしたんです。
その辺の経緯を詳しくお話しします。え? それはいいから結論を急げ、ですか。わかりました。小保方氏は若山さんから核移植のノウハウを教えてもらえず、それでも論文作成が進められることになって、結局、論文は核移植抜きで完成しました。笹井さんの絶妙のテクニックをもってすれば論文をnature誌に載せることなんて簡単ですからね。
ところが論文には肝心の核移植のノウハウが書いてない。それがないとキメラマウスや幹細胞株化が再現できない。でもって、論文の撤回という事になったんです。
え? なぜ撤回、え? 修正じゃだめなのか? あの、すいません、よく聞こえないんですが。
核移植? 誰がそんなこと言ってるんですか? 私は「STAP細胞を注入したキメラ胚を使って初めて樹立に成功した」と言っているのに。もうこれ以上、何も申し上げることはありません。
手記? 読んでません。日記? 読んでません。もう二度と彼女に関わりたくないんです。放っておいてください。
曼陀羅山寂庵清に来れる女の開き直り
ええ、ES細胞の混入は確かにあったと思います。でも私が混入したなんて、とんでもない濡れ衣です。もともとSTAP細胞は培養皿ではもちろんのこと、生体内でも増殖性が低く、そのためテラトーマすらできませんでした。でも査読者からはキメラ作りを要求されて、そんなのできるわけないと思ったんですが、ダメ元で若山先生に頼んでみたらと勧められて、そうしたんです。
若山先生でも無理みたいで、もうキメラはあきらめようと思いました。STAP細胞の持つ多能性はES細胞のような既存の多能性細胞が持つそれとは異質なものだと考えて、その方向で論文を仕上げようと思っていたんです。ところができたんです、キメラが。それだけでなく増殖するSTAP細胞までできた。本当に驚きました。
しかしさらに驚いたのが私の研究室から私の知らないES細胞が見つかったことです。このことで分かったことが二つあります。ひとつはSTAP幹細胞やキメラはESの混入によるものだということ、もうひとつは誰かが私を混入犯に仕立て上げようとしているということです。心当たりはあります。その人は調査委員会の調査ではその細胞を知らないと言っておきながら、警察の事情聴取では自分が作ったES細胞で、それは盗まれたと証言しているのです。その人の名前ですか? それは申し上げられません。その人が混入したという証拠はないのですから。
ただ申し上げたいことは検証実験で私の担当したパートは再現されたということです。ですから私には疾しいところは微塵もありません。だから今日を生きることに迷いがなくなったのです。
本当に良かったと思っています、彼女が新しい道を進みはじめて。手記はベストセラーで新たに日記もそこそこ売れていると聞きました。もともと彼女は研究者には向いていなかった。でも作家には向いていると思う。フィクションの世界に生きている人だから。
私の死の原因ですか? 簡単です。原因はうつ病です。うつ病の原因はまだよくわかっていません。STAP騒動が原因だという人がいますが、それは原因ではなく、きっかけにすぎません。だから私が死んだのは彼女のせいではありません。私は彼女を責める気持ちは一切ありません。
え? STAP細胞は本当にあるのか、ですか? それはあなた方にとっては「知らぬが仏」です。私は本物の仏ですから知っていても仏でいられるのですけどね。
