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シュレディンガーの狸

このブログがなぜ"シュレディンガーの狸"と名付けられたのか、それは誰も知らない。

狸なんてひどいもんだ。書くことがないからか他人のブログの賞味期限切れ記事をネタにしているぜ。

STAP問題が沈殿しているらしい。

ryobu-0123なんてひどいもんだ。書くことがないからか、他人のサイトの記事をまるごとコピペだぜ。オリジナルのサイトには連絡先が書いてないので、許可を得てコピペしているとは思えない。魚拓を取るということと意味が異なるだろうが。著作権も知らないのかな。

私のブログもひどいもんだ。書くことがないから、

giveme5.hateblo.jp

みたいな記事でお茶を濁している。

今回はryobu-0123さんが「共感」し、自身のブログに転載した『STAP細胞事件を論評する』という記事をネタにすることにした。ちなみにこの記事が書かれたのは2015年の4月であるから、もはやとうの昔に賞味期限切れである。書くことがなくて困っているryobu-0123さんも、私も、だったら書かなければいい、と思うのだが...。そこはSTAP依存症の悲しい性というものだ。

 

問題の『STAP細胞事件を論評する』は「科学研究の外にあって、研究者と同等の立場から、その意義や内容について踏み込んで論評を加える」という立場から書かれている。「そのような立場から、STAP細胞事件について三つ指摘しておこう」という指摘の第一は次のとおりである。

科学研究には賭けの部分があり、それに失敗した研究者をあたかも犯罪者のような責任追及をすべきではないことである。研究の世界はとくに激しい競争社会であり、当然、勇み足やスキャンダルが生じてしまう。

あれ、小保方晴子さんはSTAP研究に失敗したから、「あたかも犯罪者のような責任追及」をされたのだっけ? 否、断じて否。失敗しただけなら、STAP論文は発表されず、彼女が一般の人々の注目を集めることもなかった。そもそも小保方さんはSTAP研究に注目した理研からの引きで正式な理研研究員(ユニットリーダー)になったわけで、失敗しても次の契約がなくなることはありえても、失敗の責任を問われ、懲戒解雇などの処分が科せられることなどありえない。でも小保方さんは懲戒解雇相当の「処分」がくだされた。そのように厳しく責任を問われたのはあくまで、彼女が研究不正という「スキャンダル」を起こしたからである。「研究の世界はとくに激しい競争社会であり、当然、勇み足やスキャンダルが生じてしまう」ので、彼女の責任を追及すべきではないとすれば、研究不正はやり放題ということになるのだが。あえて研究不正について言及しないで、「STAP細胞事件を論評する」筆者の姿勢には疑問を呈さざるを得ない。

第二の指摘は次のとおりである。

研究の自由の原則は絶対に守られるべきである。つまり社会の側は、税金が使われているという理由だけで過度に研究活動に介入しないことである。今回、文部科学大臣が、善意からとはいえ、STAP細胞の検証実験の方法についてあれこれ注文をつけた。これについて、研究の自由に対する政治介入の恐れがある、と諌める声がなかったのは問題である。

STAP細胞事件を論評する』の筆者である米本昌平さんは別の所でこのように語っている。

カトリックでも特に保守的だったヨハネ・パウロ2世について、ヨハネ・パウロ2世の言動が急速に進む生命科学に倫理面から歯止めをかける役割を果たしてきたと断言、「理論武装して100年の長いスケールで発言したのがヨハネ・パウロ2世だった」と毎日新聞紙上でコメントした。

宗教家が「倫理面から歯止めをかけ」て「研究の自由」を侵害するのはいいことなので、「研究の自由に対する」宗教「介入の恐れがある、と諌める声がなかったのは問題で」はないということなのでしょうか。確かに「社会の側は、税金が使われているという理由だけで過度に研究活動に介入しない」という点については同意できるが、しかし「研究の自由の原則は絶対に守られるべきである」という研究者至上主義には異議ありだ。先のヨハネ・パウロ2世のように倫理面から適度に「研究活動に介入」することは、研究者の暴走を許さないために必要だと思う。

STAP研究についてヨハネ・パウロ2世の立場にあったのは若山教授であった。

小保方さんのように世紀の大発見をするなんて、普通はあり得ない。あり得ないことに人生のすべてを捧げるトライなんて、並大抵の人にはできない。だから「やめろ」というほうが上司としては正解なんです

小保方さんは研究者「人生のすべてを捧げるトライ」を行い、そのすべてを失った。結果論ではあるが、若山さんが上司としての側面からSTAP研究に歯止めをかけていれば、今回の悲劇は起こらなかった。あくまで結果論であるが。

 

さて最後に、この記事で私が言いたかったことをまとめよう。この記事において、私が米本昌平さんの記事の一部を無断で転載したことは引用であり、著作権法に抵触することはないが、ryobu-0123さんが「共感すべき重要な科学に対する問題意識と主張がスカッと単刀直入に表現されている」という理由で、共感できる「部分を掲載する」行為は、もはや引用ではなく、それを著作権者に無断で行ったならば、著作権法に違反していますよ、ということだ。

お疲れさまでした。