シュレディンガーの狸

このブログがなぜ"シュレディンガーの狸"と名付けられたのか、それは誰も知らない。

「ちいさな王様が教えてくれた 大人になるということ」 松戸市立第六中2年・小保方晴子

中学二年の小保方さんは、こう思っていた。

大人になるという事は、夢を捨て、現実を見つめる事だと思っていた。

そのため次のような疑問をもつことになった。

夢を捨ててまで大人になる意味ってなんだろう。

『ちいさなちいさな王様』を読んだ。

ちいさなちいさな王様

私は答えを見つけた。

その答え、

それは、「大人になる為に、子供時代や夢がある」ということだ。

つまり「大人になるという事は、夢を捨て」ることではないことに気付いた。むしろ夢は大人になるために必要不可欠な栄養源である。
しかしである。問題は大人になった後の夢の処遇である。中二の小保方さんは次のように考えていた。

夢には、二面性があると思う。持ち続ける事も大切だが、捨てる事もそれと同じ位大切な事なのだと思う。どちらがいいのかは、わからない。また、私がこの先どちらの道に進むのかも。ただ、言えることは、みんなが夢ばかり追いかけていては、この世は成り立たなくなってしまうということだけなのだと思う。

中二にして「みんなが夢ばかり追いかけていては、この世は成り立たなくなってしまう」ということを理解していたとは、さすがは小保方さんである。大人になれば、大部分の人は夢を捨て、社会を成り立たせるための歯車として働くことを余儀なくされる。その社会の上で(例えば夢の万能細胞を作るという)夢を追い続ける事ができるのは、ほんの限られた人間、エリートの特権である。社会の歯車となるか、夢追い人となるか、「私がこの先どちらの道に進むのか」中二の小保方さんは、まだわからないと言う。
しかし確実に言えることは、中二の小保方さんは、すでに夢追い人になる道を希望していたということである。この感想文は彼女の決意表明である。そして十数年後、彼女は理研という科学者の楽園に足を踏み入れることを許された。だが彼女の夢はまだかなっていない。
人間、失敗を重ねれば重ねるほど、その夢に執着する傾向がある。諦めた時点で過去に積み重ねた膨大な失敗がまったくの無駄であったことが確定するからだ。夢に向かって努力する限り、なされた努力が無駄であるということは、確定はしない。
ちょうど買った株の株価がどれだけ値下がりしようと、それを保有している限り損失は確定しないように。ただし、その会社が倒産した場合は別である。株券は紙くずとなり(もっとも現在では上場会社については株券は発行されないので、紙くずにさえならない)、買ったときの代金の全額が損失として確定する。そのとき後悔しても、後の祭りである。
夢破れたとしても、別の夢を追うという選択肢もあったはずである。夢は深追いしてはならない。

 

小保方さんの感想文は下記サイトから引用しました。

オボちゃん(小保方晴子)感想文全文「ちいさなちいさな王様」