シュレディンガーの狸

このブログがなぜ"シュレディンガーの狸"と名付けられたのか、それは誰も知らない。

松尾スズキとは何の関係もないと言っても過言ではない物語

【あ行の章】男と女のルール

男の顔には苛立ちの色が、ありありと伺えた。「もう、我慢の限界だ」

女は、いまいましそうに言う。「でも、あいつが許すわけない」

「あいつは今でもお前の周りを、うろうろしているのか」と男が尋ねる。

「あいつはわたしとの関係を、えんえんと続けるつもりなの」と女が答える。

「俺はどうすればいいんだ」男は、おろおろする。

【か行の章】ルールを破ることは許されない

「あいつ、俺とお前の関係を知ったら、かんかんになって怒るだろうな」男は怯える。

女は周囲を、きょろきょろ伺い「大きな声で言わないで。あいつの耳に入ったら大変よ」とたしなめる。

「でも今さら、くよくよしても仕方ないよな」と男は笑う。

だが男が、けらけら笑う姿は、女にはカラ元気にしか見えなかった。

「あいつと縁を切って真面目に、こつこつやるよ。だから俺についてきてくれ」男は女に微笑んだ。

【さ行の章】まだ本当の限界ではないが、気を許すと反則をとられる

だが、男はそんなことは、さらさら思っていなかった。

男が心にもないこと言うことは、これまでも、しばしばあった。

男はそんな調子で能天気に世の中を、すいすい渡ってきた。

そんな男の正体を知ってか、知らずか、女は男を励ます。「そう、真面目にやれば何とかなるわ。ケ・セラセラよ」

そろそろ限界だと感じていた男は絶句した。「それ、日本語じゃないぞ!!」

【た行の章】許されざる女

女の額から汗が、たらたらと滴り落ちる。

胃が、ちくちく痛む。

峰岸みたいに頭を、つるつるに丸めれば許されるかしら…。

許されないとしたら、これからは日本各地を、てんてんとするしかないのかしら…。

女はそんなことを思いながらため息をついた。「とうとう、やっちゃった」

【な行の章】おっと、これは反則ではないのか!? 反則が横行すれば、秩序が乱れる

男も「考える人」ポーズで善後策を考えたが、なかなか、いい考えは思い浮かばない。

「とりあえず、いつも通り何事もなかったように、にこにこしているしかないな」と、うなだれたまま言った。そのとき首に鋭い痛みを感じ、とっさに首を手で押さえた。

「あれ、なんだか首が、ぬるぬる…」と言ったところで男の意識は遠のき、「している」と言い終えることなく、倒れた。

「納豆みたいに、ねばねばしてるよりましでしょ」死体に向かってそう語りかける女の手には血まみれのカッターナイフが握られていた。

男の首から大量の血があふれ出るのを見ながら、女は説明的な台詞を語り出す。「わたしがトチったのを知っているのはあなただけ。あなたが消えれば、わたしのミスも消える。悪いけどあなたには消えてもらうしかないの。これが最善の策ってわけ」

この長くて退屈な台詞を読まされている読者はおそらくこう思っているであろう。おい、作者! いったい「の」はいつ出るんだ!! のろのろしてんじゃねえ!!!

【は行の章】鈴木マツオの登場で秩序は回復する

男が殺されたと聞いて、あいつは、はらはらしているに違いない。女はそう思った。

あいつは男を恨んでいた。あいつには男を殺す動機がある。だが実際に殺したのはわたしだ。いつ刑事が自分のところに事情を聴きに来るのか、女はひやひやしていた。

ふかふかのベッドに横たわっていても、まったく眠ることができない。

眠れぬまま朝を迎え、ニュースを見て女は驚いた。テレビ画面の向こうでアナウンサーが「鈴木マツオが殺人容疑で逮捕されました」と語っていたからである。あいつが逮捕された。

だが、あいつのことだ。警察の取り調べにも、へらへら笑っているに違いない。

そしてもし、あいつがわたしと男の関係に気付いていたら、…。女は、ほとほと困り果てた。

「そうだ、あの人に相談しよう。」

【ま行の章】まだ秩序は維持されている

刑事は鈴木マツオの顔を、まじまじと見て言った。「真犯人を知っているだと?」

「そうですよ。でもお宝情報を、みすみす警察に差し上げるほど、わたくしは善良な市民ではありませんがね」

しかし本心では真犯人の名を教えたくて、むずむずしている鈴木マツオであった。

「ひとつヒントを差しあげましょう。真犯人は女です。しかも刑事さんのような堅物でも、めろめろになるような、いい女です」

だが刑事はその言葉が聞こえないかのように、もくもくとパソコンのキーボードを叩いていた。

「よし、できた。ここに署名しろ」そう言って刑事は鈴木マツオのこめかみに銃口をあてた。刑事が差し出した紙は鈴木マツオの自白調書であった。

「後は証拠をでっち上げるだけだ」という刑事の言葉に鈴木マツオは顔面蒼白となった。刑事は言った。「どんな悪党も国家権力をバックにもつ悪党には勝てないんだよ」

【や行の章】あと少しだ、がんばれ、秩序

やれやれ、これですべて終わったな」鈴木マツオ死刑確定のニュースを報じるテレビを見て、刑事は言った。

「すべて、あなたのおかげよ」刑事の隣に座る女が満面の笑みを浮かべている。

「でも、驚いたわ。ゆくゆくは結婚しようと思っていた人が刑事だったなんて」

「僕も君に相談されたときは困ったよ。刑事に、人を殺したから何とかしてくれなんて相談するんだから。だけど、よくよく考えた末、君を助けることにしたんだ」

【ら行の章】これが本当の限界だ、秩序、完全崩壊す

刑事と女はカラオケボックスに居た。二人はラブラブだ。(はい、作者、アウト)

「次、わたしが歌う」と言って女はマイクを奪い取った。「なに歌うのかな」「ええと、ブルーハーツの『リンダリンダ』…!!!」(女、二度目のアウト)

女は一人でカラオケボックスを出る、マイクのコードを首に巻き付けた刑事の死体を残して。だが、もう殺す必要はなかったのだ。いまや秩序は完全に崩壊し、この物語は何でもアリの無法地帯となっているのであるから。

事情聴取に対してカラオケボックスの店員は次のように証言した。「気分は、ルンルンて感じで歌っていましたよ」(ハイッ! 店員、アウト)

 

かくも秩序が崩壊した今、私は、この物語の作者という地位に、れんれん(『恋々』と書く、セーフ)とするものではない。しかし、ろくろくび(『轆轤首』と書く、アウト)のように首を長くして待っている者がいる限り、今しばらく、この物語を続けねばならぬ。

(つづく)

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