シュレディンガーの狸

このブログがなぜ"シュレディンガーの狸"と名付けられたのか、それは誰も知らない。

「~のようなもの」についての研究のようなもの

「刃物のようなもの」で刺された人は、実際に刃物で刺された場合が多い。「バールのようなもの」でこじ開けられた扉は、現実にバールでこじ開けられている可能性が高い。

しかし、例外もある。

小保方晴子博士(早稲田)によって発見された「STAP細胞のようなもの」は本当はSTAP細胞ではなかった。

 

ところで日本には『一郎と太郎とゆかいな仲間たち』という「政党のようなもの」が存在する。名前からして政党らしくない。

 

小沢一郎は「生活一番、電話は二番、三時のおやつは文明堂」というスローガンを掲げるれっきとした政党の代表であった。

だが多くの党員は「小沢につくのはアホや、電話は4126」と考え、一郎から離れた。そして一郎の下には問題が残った。それは

あと一人足りない

である。

 

山本太郎は「ミナミの帝王」と呼ばれる闇金のれっきとした取り立て屋であった。

それが、いつの間にか「国会議員のようなもの」になっていた。太郎が本当に国会議員であるか否かは、その遺伝子を解析しなければ判明しない。それは科学が解明すべき課題である。

 

一郎にとっては「国会議員のようなもの」なら誰でもよかった。とにかく年内に「あと一人」メンツを確保しなければならない事情があった。

太郎にとっては「政党のようなもの」ならどこでもよかった。自分の名前を党の名前の中に入れてくれるなら。もちろん、そんな非常識な要求を呑んでくれるのは、窮地に立たされた一郎の「政党でない」党以外には存在しないのだが。

かくして『一郎と太郎とゆかいな仲間たち』という名の「政党のようなもの」が誕生した。したがって「政党のようなもの」が本当に正当であるか否かは、「国会議員のようなもの」が本当に国会議員であるか否かにかかっている。

 

しかし科学と政治は別物である。法律上は正当な「政党」と認められた彼らは、今年のお正月に億単位のお年玉を手中にした。

 

そして今、一郎は新たな問題に直面している。それは

どのようにして太郎を切るか

 である。

 

なお、この話は「真実のようなもの」である。