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シュレディンガーの狸

このブログがなぜ"シュレディンガーの狸"と名付けられたのか、それは誰も知らない。

沈黙の意味(最終回)

前回の講義は

 

諸君が日々発することばなどとは比較にならないほどの重い意味が、沈黙にはある。

 

というところで終わった、はずである。

今日は、その続き、そして最終回である。

 

諸君はなぜ、ぐだぐだ、年中無休で話をするのか? 

そう、人は沈黙の意味の重さに耐え切れないから、どうでもいい話をするのである。

そして現代では話のネタに困ることはない。

テレビやネットがそれを供給してくれるからである。

だから巷はくだらない話であふれかえる。

そうした風潮に異を唱え、あえて沈黙する人は変質者・不審人物扱いされる。

だが、ここに取り違えがある。

人が本当に恐れているのは沈黙する人ではない。沈黙そのもの、その背後にある沈黙の意味である。

確かにその意味を創り出しているのは沈黙する人であるから、

彼を非難することはまったく筋違いというわけではない。

しかし、である。

最初に、沈黙したのは諸君の祖先なのである。

 

「こんにちは」

「……」

 

「こんにちは!」

「……」

 

「こんにちは!!」

「……」

 

「こんにちは!!!」

「……」

 

という具合に諸君の先祖は挨拶されても沈黙していたのである。

なぜか?

別にシカトをきめこんでいたわけではない。

まだ、ことばというものを知らなかっただけである。

では挨拶してきたのは誰か?

もちろんである。

だが神は諸君の先祖を恐れたりはしなかった。

神は沈黙の意味を理解していたからである。

だから神は執拗に諸君の先祖に話しかけた。

そして諸君の先祖は堪忍袋の緒が切れ、ついに沈黙を破った。

諸君の先祖が最初に発したことば、それは

 

「だまれ!!」

 

であった。

神はそのことばを聞いて、二度と人類に話しかけようとはしなかった。

神は沈黙したのである。

すると諸君の先祖は不安になった。

自分たちは、なんだか、とても失礼なことをしたのではないか?

 

そして諸君の先祖は諸君と同じように誰かれかまわず話しかけるようになった。

そして話しかけられれば、相手が誰であれ、必ず話しかけるようになった。

「ええお天気でんな」

「ほんまでんな」

「もうかりまっか」

「ぼちぼちです」

 

こういう、どうでもいい会話が諸君の日常を支配するようになった。

そういうことばの背後にある意味はひとつ

「だまるな!!」

である。

沈黙しないため、沈黙させないために諸君はことばを発しているのである。

諸君は沈黙の意味が理解できないため、沈黙を恐れるのである。

 

もちろん私はそれを理解している。

だが、それを諸君に教えようとは思わない。

なぜなら、諸君に沈黙の意味が理解できるはずがないからである。

 

それが理解できるのはこの世でただ一人、神のみである。