シュレディンガーの狸

このブログがなぜ"シュレディンガーの狸"と名付けられたのか、それは誰も知らない。

【本格ミステリー】手紙

手紙が送られてきた。

封筒の表には当然のことながら私の住所と氏名が書いてある。

ミミズの這ったような字で。

まるで筆跡をごまかすために利き腕でない方で書いたような字である。

封筒を裏返したが、そこには何も書かれていない。

差出人不明の手紙、嫌な予感がした。

開封した。

几帳面に四つ折りにされた紙が入っていた。

その紙を取出し広げたとき、私はめまいを覚えた。

なんと、そこには…

なんと、そこには…

な~んも書かれへんのやで!!

 

無言電話ならぬ、無言封書

誰がこんな手の込んだイヤガラセを

私は言い知れぬ恐怖を感じた。

警察に届けるべきか?

 

だが、そのとき私の脳裏にひとりの男の顔が浮かんだ。

私は早速、その男に電話した。

受話器の向こうでは「もひもひ」という間の抜けた声がした。

「私だ。君は私に手紙をよこさなかったか?」

「ああ、出したよ」あっさり認めやがった。

「なぜ、差出人の名前を書かなかった?」

「めんどくさいから。それにオマエに手紙を出す人間なんて、オレぐらいしかいないだろ」

いちいち、気に障ることを言いやがる。

「それで要件は何だ?」

「見ての通りだ」

「見てもわからんから、わざわざ電話してんのじゃ、ボケ」

「この前、オレ、オマエに電話したよね。覚えてる?」

忘却の彼方に追いやったはずの嫌な記憶がよみがえった。

「あ、はい」

「あのとき、オレ言ったよね。待つのはいいけど、きちんとした返済計画を立ててくれって」

「はい」

「で、オマエは言ったよね。返済計画は立ててあるって」

「はい、言いました」

「で、それを教えろと言ったら、オマエなんて言った?」

「はい、確か、その計画はちょっと複雑で、とても電話ではお伝えできるものではございません、そのように申し上げたと記憶しております」

「だったら手紙を書け、オレはそう言った」

「はい、確かにそのようにおっしゃいました」

「そしたら、オマエは今、便箋を切らしているので手紙は書けないとほざいた」

「……」

「だから、便箋を送ってやった」

「……」

「他に質問は?」

「いえ、ございません。ただ、その計画は非常に複雑なものでありまして、とても便箋一枚に書ききれるものではない……」

「ガチャン!! ツー・ツー・…」

私は静かに受話器を置き、天を仰いだ。

愚かな男だ。

たかが、10万円程度の金で、私という大切な友を失うとは……。

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